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「完璧主義はダメ」をもっと咀嚼して簡単に表現してみる

よく「完璧主義はダメ」ということを聞くことがあります。

完璧を目指すと簡単に行動を起こせなくなり、また完璧な仕事をしなかった場合に勝手に悲観して消耗してしまうというのが主な理由です。

アウトプットのために、このことについてもうちょっと考えてみました。

「完璧主義はダメ」をもっと咀嚼して簡単に表現してみる

「完璧主義はダメ」という教えに関する実体験

私は「完璧主義はダメ」ということはよく分かっているつもりでした。

しかしある時、こんな経験をしました。

その時、私は自分がしなければいけないと思っていた仕事について、

おれ
おれ
今はボルテージが上がらないから、今やったらあまりいいものができないだろう。もう少しボルテージが上がったらしよう。

と考えていました。

しかしふと、「あれ?この発想こそが『完璧主義はダメ』という教えが禁じていることじゃないか!」と気づいたのです。

そう、私は「完璧主義はダメ」という教えをちゃんと理解しているつもりだったのに、それを具体的に適応すべき場面においてはなかなかそのことに気づかなかったのです。

これは私自身の間抜けさもあると思いますが、「完璧主義はダメ」という言葉自体に、その教えを誤解させるような要素があるのだともいえます。

「完璧主義はダメ」という言葉が連想させるもの

「完璧主義はダメ」という時、この言葉は「無理に100点を取ろうとしなくていい」という風に一般に受け取られると思います。

たしかにその通りですし、この解釈は間違っているわけではありません。

しかしこの解釈に拘泥してしまうと、あたかも「100点」でなければこだわりをもっていいかのようにも誤解されてしまいます。

それなら、90点なら?80点なら?70点ならこだわってもいいんでしょうか?

いや、そういうことがこの「完璧主義はダメ」の本質ではないのです。

私が誤解していたのはまさにそのことで、私は「100点」にはこだわっていなかったものの、勝手に自分の中で「最低でもこのラインの仕事をする」という基準線を設定してしまい、そのラインにはこだわって手を止めてしまっていたのです。

そう、実はこの「完璧主義はダメ」という教えの本質とは、「100点満点」という部分にあるのではなく、どんな点数であれ手を止めて行動しないよりかはマシ、ということだったのです。

やらないよりやった方がマシ

もっと簡単に表現すれば、「やらないよりやった方がマシ」ということなんです。

むちゃくちゃシンプルな結論になりました。(『葉隠』の「喰うか喰わぬか迷うたら喰うたがマシ、死ぬか死なぬか迷うたら死したがマシ」という言葉を思い出します)

要するに、「いい点とれないんじゃ?」と不安になっても、別に100点じゃなくて80点でも、60点でも、40点でも、何なら0点でも意味があるわけです。

だってある条件下で行動した場合に、結果的に0点を取った、というデータは取れたわけですから、まったく無意味ではないのです。

もう一度まとめると、「完璧主義はダメ」という教えの本質は、どんなに低度が低くても「やらないよりやった方がマシ」ということです。

<div class=”concept-box1″><p>「完璧主義はダメ」という教えの本質は、「やらないよりやった方がマシ」ということ</p></div>

これを応用してコンテンツ作りについていうならば、どんなに低品質なコンテンツができあがったとして、何もコンテンツを作らなかったよりかはマシだということなのです。

このページみたいに。

実際に、書いてる途中でちょっと不安になりました。

この記事がちょっと薄いんじゃないかと思ったからです。

おれ
おれ
うす~~、、、この味噌汁、ちゃんと味噌いれた?

いや、だとしても「完璧主義はダメ」ってことは、まさにこれでも書いたのだから書かないよりマシ、ということなんですね。

ということで万事OKです。

おれ
おれ
最後まで読んでくれてありがとう!愛してるぜ!

(おしまい)